国際テロ組織と指定されている「タリバン」という名前の由来と誤解【中田考】凱風館講演(前編)
「凱風館」での中田考新刊記念&アフガン人道支援チャリティ講演(前編)
■同じ釜の飯を食ってきたタリバンの濃い関係
私の今の本職はラノベ作家ですけれども、それまでの本職は「イスラーム学者」であって地域研究者ではありませんでしたから、私の話は基本的には理念の話です。
ここまでお話しした通り、実際には現在「タリバン」と言われる人たちは必ずしも神学者だけではありませんが、それでも元々の理念を理解することは大切です。
「理念を理解する」とはどういうことか。例えば私の立場は「反民主主義」ですが、それは「今の日本やアメリカやヨーロッパは民主主義であって、その体制に反対している」というのではなくて、「そもそも日本にもアメリカにもヨーロッパにもどこにも民主主義なんかない」という主張です。今あるシステムは民主主義ではなく、私自身の言葉では「制限選挙寡頭制」と呼んでいます。一応選挙こそありますが、選挙資格は全人類に開かれているのではなく、国籍や年齢などさまざまな制限があるので制限選挙で、実際には少数の人間が支配している寡頭制なのが世界全体のシステムであって、現実だということです。
民主主義について語る時に理念の話をするのは構いません。やはり理念の話はしないと話になりませんから。一方で民主主義を信奉する多くの人は、「民主主義」によって現実に起こっている問題については話しません。現実には、国民主権だといっても、特定の地域や職種、あるいは宗教などの利益代表でしかない、多くの世襲の議員たちが、金やメディアの力で選ばれ、利権絡みの法律を制定していてもです。
ところが彼らは、イスラームに関しては「タリバンは現実にこういう間違いをしている」という話ばかりをして、彼らが一体何のためにそういう行動をしているのか、という理念の話をしてくれません。ですから私はそちら側の「理念」を中心にお話しすることで、彼らの考えに近づいてもらおうと思います。
さて、このタリバン(神学生)と言われる人たちは当然日本にはいないので、日本人にとってはなかなか分かりにくいですが、日本でいうなら昔の比叡山や高野山の僧侶のような人たちを想像していただくと分かりやすいでしょう。
子供の時からお寺に預けられて、同じ釜の飯を食い、同じ教育を受けて……ということを20年も40年も続けてきたので、宗教の教義についての知識と理解を共有しているだけでなく、趣味や私生活の人間関係に至るまでお互いのことを何でも知っている間柄の人たちが、政治組織としてのタリバンの幹部になっているのです。仏教やキリスト教とは異なり結婚生活もしていますが、基本的にはずっと宗教の修行をしてるような人たちです。
以上はあくまで幹部に限った話ですが、その人たちが幹部になっていることが、政治組織としてのタリバンの第一の特徴と言えるでしょう。
これは実は非常に重要なことでして、タリバン政権の中心人物たちは、今の日本では殆どありえないような濃い関係の人たちなのです。
タリバンの創設メンバーに限らず、そもそも中東における人間関係は日本からするとすごく濃いものです。「友達」とは毎日会っている人のことで、一日会わないと「お前は友達じゃない」とか言われてしまいます。友達でそれですから、親子ともなると一日中電話しています。
そういった元々人間関係がものすごく濃い中東の文化の中でもタリバンの人たちは、ずっと寝食を共に同じ学びに精進してきたとりわけ濃い関係の人々です。
1978年からのいわゆる「アフガニスタン紛争」でソ連軍が侵攻してきた際、ソ連は共産主義ですので、イスラーム教徒は宗教敵ということになりました。ですから他の宗教ならお坊さんにあたるイスラーム学者たちは沢山殺されました。
それを逃れて、親も殺されて着の身着のままでパキスタンに逃げていき、そこで先生と学友が家族である、という環境で、同じ釜の飯を食って育ってきた人たちが、タリバンの創設者たちなのです。
話は前後しますが、私は1992年から94年までサウジアラビアの日本大使館で、専門調査員としてサウジアラビアの宗教勢力の動向を調べていました。サウジアラビアにはイスラーム大学がありまして、そこに通うアフガニスタン人のイスラーム法学の学生さんと知り合い、その人からダリー語(アフガニスタンで使われるペルシャ語の一種)を習ったり、その縁からアフガニスタンの孤児の支援をしたりしていました。それがアフガニスタンとの付き合いの始まりです。
94年に私が日本に帰ってすぐにタリバンが登場しましたので、その頃から私はずっと彼らを見てきました。タリバンの中にも強硬派や穏健派など様々に分かれていて、内紛をしているといった話を、それ以来三十年間ずっと聞かされてきています。
ところで先日、タリバン政権内の強硬派である内務大臣のスィラージュッディーン・ハッカニーのグループが、アメリカとの和平交渉をしたバラーダル副首相を暗殺したというニュースが流れました。
これは結局フェイクニュースで、タリバンについてフェイクニュースが流れるのはいつもの話なのですが、そもそもこのような暗殺が起こることは多分あり得ません。なぜかと言うと、それは先ほど解説したタリバン創設メンバーの関係性によります。もちろんそれぞれに意見は違いますが、それでは彼らは殺し合いにならないのです。
イスラームの論理を説明しますと、基本的にイスラームには皆さんもご存じの『クルアーン』という聖典があります。そして「皆『クルアーン』を読んでいれば基本的には自分で判断ができる」というのがイスーラムの基本的な考え方です。ですから、よく言われる「イスラームには聖職者がいない」ということになるのです。
もちろん自分よりもよく知っている人間に聞くことはありますが、基本的には、クルアーンを読んでいれば自分で行動ができる。礼拝のやり方など基本的なことはみんな分かる。だから指導者なんかいなくてもいい、というのがイスラームの基本なわけです。
とは言え、当然聖典への解釈の違いは出てきますから、その時には誰かの別の人間に従わなければいけなくなります。これは日本の裁判でも同様ですね。法律はありますが、それぞれ考え方は違うので、最終的に裁判によって決めることになり、その結果には嫌でも従わざるを得ません。
イスラームの場合も同様です。現世における判断は間違っているかもしれませんけれども、最終的には最後の審判で裁かれることになるので、それはそれでいい。とりあえず現世では、意見が分かれた時には一人の人間に従うシステムになっています。ですから、どんなに意見が分かれていても最終的には従うわけです。
それでも意見が分かれてしまうことも当然ありますが、そうなると「こいつはもうイスラーム教徒じゃない」というぐらいの大変な事態になってしまいます。多くの場合、基本的にはそこまでの事態には至りません。
そして、これこそがタリバンが他のイスラーム運動と違うところなのです。タリバンの創設メンバーは子供の頃からずっと一緒にいて、同じ教科書を使って、同じ内容を学んできた仲間です。その結果、現実の場面ではそれぞれ判断が異なることももちろんありますが、その基本になる考え方は共通している。ですから「こいつはもうイスラーム教徒じゃない」というぐらいの意見の対立は滅多に起こらないのです。
他のイスラーム運動、特にスンナ派では状況は異なります。イスラーム教にはスンナ派とシーア派があることは皆さんもご存知でしょうが、多数派であるスンナ派のイスラーム運動は、このようなイスラームの学問を否定したサラフィー(復古主義者)と呼ばれる人たちが中心になっています。イスラームにはクルアーンという聖典や、ハディースといったムハンマドの言行録があります。「だから指導者なんていなくても、自分たちで読めば判断できるのだ」というのがこのスンナ派サラフィー主義者の考え方です。
ですからスンナ派のサラフィー主義の人たちは学問の伝統を重んじませんから、その意味ではすぐに分裂します。
それに比べると、タリバンは非常に均質性が高い人たちですので、実際に対立は激しくあるのですが、指導部は最終的には分裂しないのだと私は信じています。信じてはいるんですけども、フェイクニュースとは言え「内紛で殺された」といったニュースが出ると、一応最後まで真贋を追わないといけないので、非常に困ってはいます。
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◉中田考『タリバン 復権の真実』出版記念&アフガン人道支援チャリティ講演会
日時:2021年11月6日 (土) 18:00 - 19:30
場所:「隣町珈琲」 品川区中延3丁目8−7 サンハイツ中延 B1
◆なぜタリバンはアフガンを制圧できたか?
◆タリバンは本当に恐怖政治なのか?
◆女性の権利は認められないのか?
◆日本はタリバンといかに関わるべきか?
イスラーム学の第一人者にして、タリバンと親交が深い中田考先生が講演し解説します。
中田先生の講演後、文筆家の平川克美氏との貴重な対談も予定しております。
参加費:2,000円
※当日別売で新刊『タリバン 復権の真実』(990円)を発売(サイン会あり)
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『タリバン 復権の真実』
《内田樹氏 推薦》
「中田先生の論考は、現場にいた人しか書けない生々しいリアリティーと、千年単位で歴史を望見する智者の涼しい叡智を共に含んでいる。」
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